論文解説 2012

Horita H, Kobayashi M, Liu W-C, Oka K, Jarvis ED*, Wada K*.

Specialized motor-driven dusp1 expression in the song systems of multiple lineages of vocal learning birds.

PLoS ONE. 7:e42173.2012

音声発声学習をする鳥類の脳内歌神経回路に特異的に発現誘導される遺伝子dusp1の同定

:「行動の進化」の神経分子基盤の理解を目指して

 

堀田 悠人123、小林 雅比古4Wan-chun Liu5、岡 浩太郎2Erich DJarvis1、和多 和宏34

1デューク大学 医療センター神経生物部門、2慶応義塾大学大学院 生命情報学科、3北海道大学大学院 理学研究院 生物科学科4。 北海道大学大学院 生命科学院5ロックフェラー大学 野外研究センター 

 

背景

 音声発声学習は、ヒトの言語学習や鳴禽類ソングバードの囀り学習といった非常に限られた動物 (ヒト・クジラ類・コウモリ類・ゾウ類・オウム類・ハチドリ類・鳴禽類ソングバード) のみで確認されている珍しい学習形態といえます。進化的な観点から音声発声学習能を見ると、各々の動物種が独立してそのような学習形質を獲得してきたことが推測されています。つまり、音声発声学習能の収斂進化がほ乳類の4系統・鳥類の3系統で起こったと考えられます (下図A赤:発声学習能をもつ鳥類)。しかし、音声発声学習・生成を司る脳内の神経システムは、鳥類のオウム/インコ類・ハチドリ類・鳴禽類ソングバードの3系統で驚くほどよく似た回路構成(神経核の数・その脳内位置・投射接続関係・機能など)をしていることが近年明らかになってきました(下図1B黄色及び赤色)(Jarvis and Mello, 2000; Jarvis et al., 2000) 。進化的に独立して獲得されたと考えられる音声発声学習能が、鳥類3系統の脳内では非常に類似した神経回路(歌神経回路またはソングシステムと呼ばれている)が作動することで実現されているということは、「行動の進化」を神経科学的に研究するよいモデルになります。

 

たまたま見つけた遺伝子が。。。

 我々はこれまでに鳴禽類ソングバードを音声発声学習の動物モデルとして用い、音声発声学習・学習臨界期制御の神経分子基盤を明らかにしようと研究を進めてきました。その研究アプローチの一つとして、発声行動によって脳内で発現誘導される遺伝子群の同定とその脳内分子機能の解明にフォーカスした研究を行ってきました(Wada et al., 2006)。これまでに、100種以上の遺伝子群が、小鳥が囀(さえず)ることで脳内の神経回路で発現誘導されていることが明らかになっています。これらの遺伝子群には、転写因子群をはじめ、アクチン及び、アクチン結合タンパク質といった細胞骨格・アンカータンパク質や、神経伝達物質・そのシナプス間隙への放出に関わる遺伝子群、シャペロン及びその結合タンパク質、免疫関連物質などといった多様な遺伝子も含まれています。そして、これらの遺伝子の多くがノックアウトマウスを用いた研究により、学習・記憶形成に障害を示すことが報告されています。このような発声行動によって脳内に発現誘導される遺伝子群の一つにdusp1が見つかりました。Dusp1 (dual specificity protein phosphatase1) は神経細胞のみならず様々な細胞種においてシグナルカスケードの中心的役割を担うMAPキナーゼの活性化フォームであるそのセリン/スレオニン脱リン酸化酵素群の一つです。ほ乳類神経細胞でも神経興奮依存的にこのdusp1が発現誘導されることが知られています。しかし、今回の我々の研究で、ソングバード脳内ではこれまでに報告がないような非常にユニークな脳内発現制御を受けることを示すデータを得ることができました。

 

ソングバードdusp1は歌神経回路と聴覚系回路にしか発現誘導されない。

 前述しましたように発声行動によって100種以上の遺伝子群が脳内で発現誘導されます。しかし、これまでに鳴禽類ソングバード脳サンプルを用いて実験的に検証されてきた遺伝子の全てが音声発声学習・生成を司る脳内の神経回路である歌神経回路のみならず、脳内の様々な場所で発現しています。つまり歌神経回路を構成する神経核だけで発現するような(ヒトで言えば言語野のみで発現するような)遺伝子は見つかっていませんでした。実際、神経興奮の分子マーカーであるegr1遺伝子は、発声行動による神経興奮だけでなく、羽ばたきやホッピングといった行動によっても神経興奮が起こる様々な脳部位で発現誘導されます。しかし、dusp1そうではなかったのです。我々も驚いたことにdusp1は発声行動が生成されるときのみに歌神経回路と聴覚系回路だけに特異的に発現誘導されることが分りました(Horita et al., 2012)。その他の運動や薬剤を使った強制的な神経興奮では脳内で発現誘導されません。このような発声行動依存性と歌神経回路特異性を兼ね備えた発現制御を受ける遺伝子はこれまで発見されていませんでした。

 

発声学習能の獲得という収斂進化をしたインコ、ハチドリの脳でも。

 さらに、ソングバードと進化系統樹上独立して発声学習能を獲得したと考えられている2系統、オウム/インコ類budgerigar、ハミングバード類sombre hummingbird(ウスグロハチドリ)においても同様に、歌神経回路を構成する神経核に特異的に、発声行動によってdusp1が発現誘導されることを検証しました。これはdusp1が鳴禽類ソングバードと同じようにオウム/インコ類・ハチドリ類においても発声行動によって各々の歌神経核に発現誘導されているならば、発声学習・生成の収斂進化とdusp1の脳内発現制御が何らかの強い関連性をもつことを示すことができると考えたからです。その結果は、オオウム/インコ類・ハチドリ類でも鳴禽類ソングバードと同じように発声行動依存性と歌神経回路特異性を兼ね備えた発現制御を受けていることが分かりました。この結果を受け、発声学習能をもたない近縁種(ツキヒメハエトリ、ジュズカケバト)でも、彼らがもつ発声(地鳴きcalling)によってdusp1の発現誘導が起こるのか検証しましたが、発声学習能をもたない近縁種では発声行動によってdusp1の脳内発現誘導がは確認できませんでした(下図1C青字)。これらの結果は、進化的に独立して獲得されたと考えられる音声発声学習能とそれを司る神経回路で、dusp1遺伝子の発現も脳部位特異的かつ発声行動特異的に制御されるように収斂してきたことを意味します。

 

2つのWhy?

 なぜ鳥類のみならず様々な生物種に存在するdusp1が、音声発声学習能をもつ鳥類3(ソングバード、オウム/インコ、ハチドリ)で脳部位特異的かつ発声行動特異的に発現制御されることになったのでしょうか?この問いに答えるには2つの研究の方向性があると考えます。

一つ目の研究方向性としてはこのような特徴的な脳内発現制御を可能にしているゲノム制御領域の同定です。今回の我々の研究では、発声学習能をもつ10種、それをもたない7種の計17種のゲノム上のdusp1遺伝子の上流の配列を調べました。その結果、開始コドン上流のゲノム領域に、発声学習能をもつソングバードやオウム特異的に2-50塩基の繰り返し配列が多く挿入されていることが分ってきました。発声学習能をもたない近縁種であるsuboscine(亜鳴禽類)にはそのような繰り返し配列は存在しません。このゲノム領域が実際にdusp1の脳内の発現制御にどれだけ寄与しているか今のところはっきりしたことは言えませんが、今後詳細に発現制御領域を同定していくことで行動とゲノムの進化を結びつけていく研究につながっていくと考えています。

なぜdusp1が音声発声学習能をもつ鳥類で脳部位特異的かつ発声行動特異的に発現制御されているのか?に対しての2つ目の研究方向性として、その脳内分子機能を明らかにする必要があります。なぜdusp1が発声行動によって歌神経核に発現誘導されないといけないのか?発声学習・生成を実現するためには脳内の歌神経回路を構成する神経細胞群は、一日に数千回、総時間で1~2時間にもおよぶ頻繁な発声行動をミリ秒単位の複雑な神経興奮パターンによって作りだしています。このような発声学習・生成に特徴的な長時間にわたる持続的でかつ複雑な神経発火を可能とする神経分子基盤の一つの因子としてdusp1が必要だったのではないかとする考えです。これを実際に検証するためには、ソングバードを用いた脳内遺伝子改変技術によるdusp1の脳部位、時期特異的なノックダウン実験が重要になってくると考えています。

以上の今回の研究から、今後、「行動の進化」・「神経回路進化」・「ゲノム進化」を結び付けていく研究として、音声発声学習能をもつソングバードは動物モデルとしてユニークな潜在性をもっているとの思いをさらに強くもつようになっています。

 

 本研究は、慶応義塾大学岡浩太郎博士、米国デューク大学Erich Jarvis博士、ロックフェラー大学Wan-chun Liu博士との共同研究です。

 

 

参考文献

Horita, H., Kobayashi, M., Liu, W.C., Oka, K., Jarvis, E.D., and Wada, K. (2012). Specialized Motor-Driven dusp1 Expression in the Song Systems of Multiple Lineages of Vocal Learning Birds. PloS one 7, e42173.

 

Jarvis, E.D., and Mello, C.V. (2000). Molecular mapping of brain areas involved in parrot vocal communication. The Journal of comparative neurology 419, 1-31.

 

Jarvis, E.D., Ribeiro, S., da Silva, M.L., Ventura, D., Vielliard, J., and Mello, C.V. (2000). Behaviourally driven gene expression reveals song nuclei in hummingbird brain. Nature 406, 628-632.

 

Wada, K., Howard, J.T., McConnell, P., Whitney, O., Lints, T., Rivas, M.V., Horita, H., Patterson, M.A., White, S.A., Scharff, C., et al. (2006). A molecular neuroethological approach for identifying and characterizing a cascade of behaviorally regulated genes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103, 15212-15217.

 

 

図説明

1 鳥類の進化系統樹とdusp1脳内発現誘導パターン

A: 鳥類の進化系統樹

B: 発声学習能の有無によって異なる脳内神経回路。発声学習能をもつソングバード、オウム・インコ、ハチドリは歌神経回路として運動経路(黄色)と迂回経路(赤色)をもつ。水色で示した聴覚野は発声学習能の有無によらず存在する。

C: 発声学習能をもつ3種(赤字)、もたない2種(青字)での発声行動によって発現誘導されるdusp1の脳内パターン。dusp1は発声学習能をもつ3種の歌神経核特異的に発現誘導される、発声学習能をもたない種では発声によって発現誘導されない。

 

Horita et al., 2012 PLoS ONE
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