Project III: ヒト コミュニケーション障害への応用

研究目的

「なぜ吃音のような、状況依存的な発声行動の制御異常が起こるのか?」、その神経メカニズムを理解したい。

 

研究の目的は、発話コミュニケーション障害「吃音」動物モデルの確立、及びその研究応用である。

このために、音声発声学習能をもつ鳴禽類ソングバードを実験動物モデルとして用いる。会話によるコミュニケーションは、人間として生きていく上で重要な行為である。しかし、「吃音(どもりstuttering)」のような障害では、思考したことを言葉として表出できない、会話が流暢にできないといった問題が起こる。「吃音」は、世界中の全ての言語において人口の1%でみられる高い発症率をもつコミュニケーション障害である。吃音の発症原因は未だ明らかにされておらず、その治療方法も確立していない。この現状を踏まえ本申請では、吃音研究の推進を可能とする新規実験動物モデルの作成を試み、動物モデル利用による新たな吃音発症機序の理解・治療の確立を目指す。

 

研究の背景

  吃音は発話コミュニケーション障害として、あらゆる言語・文化圏においてみられる障害である。世界的には治療が必要な潜在的患者数は、千万人を越える。現在、医療・理学療法・幼児教育の現場から多くの関心を向けられているが、吃音に関わる研究は、症例報告やPET等の非侵襲的画像解析を主とするものであり、未だ統一的な治療方法が確立していない(Stager et al., 2003)。また、これまで吃音がヒトのみにみられる障害と考えられてきたため、実験動物モデル作成を試みることさえ成されてこなかった。このため実験動物モデルを用いた発症機序の比較研究や、有効な薬剤開発を目指した大規模薬剤スクリーニングが進まず、他の神経疾患と比べて発症原因・治療法の確立が大きく立ち遅れているのが実情である。

  これまでソングバードを用いて発声学習・生成の分子行動学研究を進めてきた。その研究過程で偶然に、ソングバードの一種zebra finch(キンカチョウ)の発声学習時における音声提示環境を操作することで、「吃音」様症状を呈する個体が出現することを発見した。このzebra finchで見られた吃音様症状は状況依存的な発症等、ヒト吃音の診断基準 [DSM-IV]に酷似した行動表現型を呈する。

 

研究目標: 何を明らかにしようとするのか

 なぜソングバードにおいて、「吃音」様症状を示す動物個体が出現したのか?

  • どのような音声パターンを学習臨界期中にどのようなタイミングで音声提示を行うとより発症しやすくなるのか?
  • 「吃音」様症状を発症しやすい遺伝的要因とは何か?

  現在の実験環境においては、「吃音」様症状を呈する動物個体の出現頻度は約10%程度である。同じような環境下にいても吃音様症状を示す個体と、そうでない個体が現れるのである。これは近年のヒト双子研究において、同様のことが示唆されている(Yairi et al., 1996)。環境的要因と遺伝的要因を検証していくことによりソングバードを用いた「吃音」動物モデルの効率的な作成方法の確立を目指す。