論文解説 Mori and Wada 2015

Mori C, Wada K

Audition-Independent Vocal Crystallization Associated with Intrinsic Developmental Gene Expression Dynamics.

Journal of Neuroscience  35:878-889. 2015

doi:10.1523/JNEUROSCI.1804-14.2015


研究成果の概要

ヒトの言語獲得のような発声学習において,聴覚入力が発声パターンの発達・固定化,また脳内の遺伝子発現にどのような影響を与えるか,よくわかっていませんでした。今回,発声学習の動物モデルとして知られる小鳥(ソングバード)を用いて,お手本となる親鳥の歌と自分の声が聞こえない聴覚除去個体をつくり,その発声発達を詳細に解析しました。その結果,聴覚入力がなくても,個体発達に伴って歌パターンが変化すること,また正常個体よりも3倍もの日数をかけて最終的に歌が固定化することがわかりました。このような正常個体と聴覚除去個体間での歌発達の大きな違いにも関わらず,発声学習・生成に関わる脳部位における遺伝子群の発現変化は発達過程を通じて非常に似ていることが明らかになりました。この聴覚に依存しない脳内遺伝子発現動態は,聴覚入力よりも発声運動出力が発声学習臨界期中の脳内遺伝子発現に影響を与えていることを示唆します。つまり,発声学習・生成に関わる脳内遺伝子発現の動態制御には,どれだけ聴くかよりも,どれだけ声を出すかが,重要ではないかと考えられます。

(背景)

ヒトの言語獲得のような発声学習において,聴覚入力は,正常な発声パターンの発達・獲得に重要です。しかし,聴覚入力の有無によって,発声の発達・固定化にどの程度の違いが生まれるのか,また脳内の遺伝子発現にどのような影響を与えるか,よくわかっていませんでした。

鳴禽類ソングバードは,発声学習の動物モデルとして神経科学研究で長く用いられてきました。今回の研究では,聴覚除去個体をつくり,お手本となる親鳥の歌や自分の声が聞こえない状態で,どのように発声パターンの発達が起こるのか,詳細に解析しました。また,DNAマイクロアレイを用いて,発声学習・生成に関わる脳部位(運動野)における遺伝子群の発現変動が個体発達と発声発達のどちらの影響を強く受けるのかを検証しました。


(研究成果)

聴覚入力がなくても,個体発達に伴って歌パターンが変化すること,また正常個体よりも3倍もの日数をかけて最終的に歌が固定化することがわかりました。これは耳が聞こえなくても歌パターンが変化すること,ある特定のパターンで歌が固定化する神経メカニズムが存在することを意味します。

また,このような正常個体と聴覚除去個体間での歌発達の大きな違いにも関わらず,発声学習・生成に関わる脳部位における遺伝子群の発現変化は発達過程を通じて,非常に似ていることが明らかになりました。これは発声学習・生成に関わる脳部位(特に運動野)における遺伝子群の発現変動は個体発達日数の影響を強く受けることが示されました。


(今後への期待)

今回の研究の結果は,耳が聞こえなくても個体発達過程で発声パターンは変化し,通常よりも時間がかかるけれども発声パターンが固定化する時期が訪れることを示しています。つまり,聴覚入力の有無は関係なく,発声可塑性が年齢のある時期で消失することを意味します。このことは,ヒト難聴者の人工内耳手術の時期を考える上でも重要な示唆になると思われます。

さらに,本研究で正常個体と聴覚除去個体間で発達時の発声回数に大きく違いがありませんでした。このことから,発声学習・生成に関わる脳内遺伝子発現の動態制御には,どれだけ聴くかよりも,どれだけ声を出すかが,重要ではないかと考えられます。これは発達過程での学習行動の量に依存して脳内遺伝子発現変化を制御する神経メカニズムが存在することを示唆します。

Mori & Wada, 2015 JN
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