論文解説 Hayase et al. 2018

Hayase S, Wang H, Ohgushi E, Kobayashi M, Mori C, Horita H, Mineta K, Liu WC, Wada K.

Vocal practice regulates singing activity-dependent genes underlying age-independent vocal learning in songbirds.

PLoS Biology 16:e2006537. 2018

doi: 10.1371/journal.pbio.2006537.

 

研究成果の概要

 ヒトの言語や小鳥の歌は,親など他個体の発声パターンをまねることで後天的に獲得され,これを発声学習といいます。発声学習には,学習が効率よく進む時期,すなわち学習臨界期(感受性期)があることが知られています。しかし,脳内で発声学習の臨界期が終了するメカニズムは殆どわかっていませんでした。

 鳴禽類(スズメ亜目)のキンカチョウは,孵化後30~90日の約2カ月の間(学習臨界期)に1日数百回以上の発声練習を繰り返すことにより自分の歌を完成させ,完成した歌はその後一生涯維持されます。今回の研究ではこの学習臨界期が単に生まれてからの日数(日齢)で決まるのか,それとも発声練習行動の積み重ねにより制御されているのかを調べるため,学習臨界期中の自発的な発声練習を阻害する実験を行いました。その結果,発声練習を阻害した鳥は本来であれば学習ができなくなっているはずの成鳥になっても,幼鳥のような未熟な歌を出し,さらにその時点からでも発声学習ができることが明らかになりました。

 次に,この発声経験による学習能力の変化が脳内でどのような分子メカニズムで制御されているのかを調べました。脳内で読みだされている遺伝子群を次世代シークエンスにより全ゲノムレベルで調べた結果,脳内の発声学習に関わる神経回路において,発声練習時にだけ読みだされ,発声練習の積み重ねにより読みだされにくくなっていく遺伝子の一群を発見しました。今回の結果は,発声練習行動がこれらの遺伝子の呼び出し調節を介して,学習臨界期を制御している可能性を示しています。

 研究成果

 本研究から,発声練習を阻害されたキンカチョウは,本来の発声学習臨界期の終了後であっても自らの歌を変化させ,手本の歌を真似することができました。この結果により,キンカチョウの発声学習臨界期は日齢によってではなく発声練習回数によって制御されていることがわかりました。

 また,発声学習に関わる脳領域で遺伝子の読み出しを調べた結果,多くの遺伝子が正常個体と同様に日齢により発現調節されるなか,発声練習時にだけ読みだされ,発声学習の終了と共に読み出されなくなっていく100個余りの少数の遺伝子群が見つかりました。さらに,この特異的な遺伝子発現調節が起こる神経細胞は発声練習の蓄積によってその形を変える(具体的には樹状突起数の減少)ことがわかりました。これらの結果から,発声練習の経験による一部の遺伝子の調節と,それにともなう脳内神経回路内の細胞形態変化により学習臨界期が制御されている可能性が示されました。

 

今後への期待

 発声学習は,ヒトの言語や楽器,スポーツの習得と同様,感覚や知覚入力と運動機能出力の協調による「感覚運動学習」の一つの学習形態です。小鳥の歌学習と同様に,言語や楽器,スポーツなどの習得にも一般的学習しやすい学習適応期が存在すると考えられています。また,自発的な練習の反復により獲得される点も同じです。生後,「いつ」,「どのように」,「どれだけ」練習することが,脳内における遺伝子の読み出し方を変化させ,学習効率に影響を与えていくのか,さらなる研究を進めていく予定です。

Hayase et al., PLoS Biol 2018.pdf
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